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「もっと欲を出して、貪欲になって欲しい」
旬香物産株式会社
井上 雅仁 代表取締役
- 2015/7/30

市役所時代
〜みかん課を立ち上げた後、復興支援で宮城へ〜
地元、八幡浜に帰ろうと思われたきっかけは何ですか?
同級生が神社に就職していく中、私は地元八幡浜の市役所職員の道を選びました。
どこかの神社に就職したとしても、いつかは実家に帰らないといけない。 年齢を経て帰っても仕事がないだろうから、國學院卒業の時点で帰郷しようと思ったことがきっかけです。
当時八幡浜は平成の大合併の時期で、旧保内町と一緒になるにあたり、 『合併後の新しい市名は何がいいか』が争点になっていました。面接試験でそれについてどう思うかを聞かれ、八幡浜は『八幡様』から由来しているのだから、神職の身としては もちろん『八幡浜』がいいです、と面接で答えたのを覚えています。 言葉の起源を大切にするのが当たり前の環境で過ごしてきたので、答えに迷いはなかったですね。
面接の他にも小論文があったのですが、それにはこう書きました。 『市役所は一般の人からみたらどんな仕事をしているのかわからない存在だが、そうはなりたくない』と。もっと人に近いところで公務員になりたいという理想は、完全にとはいきませんが、少しは達成できたかなと思っています。
*『八幡様』が流れ着いた『浜』から八幡浜という名前が生まれたという説がある。
市役所ではどのような部署で仕事をされましたか?
生活環境課3年、農林課6年、東日本大震災の被災地派遣職員として1年です。 生活環境課はゴミ処理、犬や猫、墓場・火葬場に関する事など 、誰かがやらないといけないこと、日常生活の一番基本的な部分を担当している部署です。 生活を支えている行政の役割は非常に大きいものなんだということをその時感じましたね。
次に農林課です。八幡浜とえいば何よりみかんが全国的に有名ですので みかん産業に関わる仕事がメインでした。 部署転属時、市役所が生産者さんに対してできることは何だろう? 何をすれば喜んでくれるかな、といつも考えていました。
というのも、生産者への指導は基本的には農業組合、 技術的な指導は愛媛県の仕事で、じゃあ市役所は生産者さんの為に何ができるのかと疑問を持っていたんです。考え続けた結果、『情報発信』ならできるのではないかと思いました。
同じような想いを持った同僚にも恵まれましたので、みんなで『みかん課』という名称を作り、faecbookページを開設、情報発信に積極的に取り組み始めました。結果として成功したかどうかはわかりませんが、やっている当時は成功だと思いながら活動していました。
生産者の人はありがとうと喜んでくれましたしね。みかん課の活動をはじめ、農林課にいた6年間でやりたいことをたくさんできてよかったです。
3.11の被災地に行くことになったきっかけは何ですか?
市役所は毎回異動調査がありまして、その当時の調査時に『被災地派遣も可能』の欄にチェックをしました。その結果、1年間宮城県山元町に行くことになりました。 山元町は宮城県の南端にある海岸沿いにある町で 仙台から車で一時間ほどの場所にあります。
人口は13000人ほどで、メイン産業はりんごとイチゴ。 3.11の津波で町街の6割が浸水して、死者行方不明者は約630人。 人口比の死者数で見ると宮城で二番目に比率が高かったらしいです。
宮城県最南端の地という特性、南北に走る国道を20、30キロ南に走れば福島第一原発の立ち入り禁止区域ということもあり、 あまり人が来ない、支援の輪から少し外れた町だったように思います。
派遣されて最初の3ヶ月は地元の農業委員会の人と一日中町内を歩き回り、耕作放棄地などの調査をしていました。 大概の農地は津波の塩害で使い物にならなかったので、山元から生活を移し、農業をやめる人が多かったように思います。
その後、町の方から要請があり産業振興課地域振興班に移動しました。
震災後少し時間が経ち、最低限の生活インフラ復興の目処がたち、現地の産業部門に世間の目が向き始めた頃でした。 なので地域産の特産品をイベントなどを通じて発信していました。
山元町のりんごはすごく美味しいので是非食べてみてください。 今は現地で仕事が作れないかどうか模索しています。
会社概要
社名:旬香物産株式会社
代表名:井上 雅仁
住所:愛媛県八幡浜市真網代600−1
TEL:0896-24-1170
事業内容:・小売業/卸売業 ・サービス業