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人を照らし、輝かせる

MIGACT
代表 濵田 規史

  • 2022/7/21
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私を育ててくれた八幡浜

幼少期はどのような子どもでしたか?

 とにかく好奇心旺盛で、家にあるオーディオなどの機械や配線を触ったり、いじったりすることが好きでした。
 保育園児になるとパソコンを触ることや、そこに言葉を打ち込む楽しさに気付き、パソコンに自分の考えを書き記すようになりました。
 そしてそれを印刷することで誰かに渡せるという体験をし、その楽しさに心惹かれました。

 小学生になるとそれが更に発展し、地域の子どもたちとの旅行計画をワープロソフトで作成し、旅行の企画をするようになりました。
 パソコンで言葉を形にし、紙を通して誰かに伝える。そして一緒に行動し、相手に喜んでもらえるという経験が私の中で大きかったです。
 それが私の原点です。

 中学生の頃は何かを表現したり、制作したりすることが好きだったので、学内で人権新聞や人権ドラマの脚本を制作していました。学生時代は自分がしたいことを自由にさせてもらっていました。

人生のターニングポイントはどこですか?

 高校生の頃に部活動で商店街にお店を出したことです。
 私は高校生の時、商業を調査・研究する商業研究部に所属していました。その部活では毎年、県大会・四国大会・全国大会があり、それに向けて研究活動をしました。

 努力が実り1年生の時に全国大会に進むことができました。そして、地元・八幡浜で市民に向けて発表する機会を頂き、その際コメンテーターに「君たちの提言は素晴らしい。しかし、それを1つでも行動に起こしましたか?」と尋ねられました。

 自分たちは研究する部活動ですが、メンバーや顧問の先生ともにその言葉に悔しさを感じました。
 そこで2年生に上がった時に提言したことの1つを実行すべく、商店街に商店街活性化を目的にしたお店を開くことにしました。
 その活動を通して、商店街や地元の方と仲良くなることができました。また、動けば動くほど調査だけでは見えなかった気づきや失敗も見えてくるようになりました。

 例えば、それまで私はさほど八幡浜が好きではありませんでした。しかし、商店街の方と触れ合う中で「この町、捨てたもんじゃないな、良い所あるな」と感じるようになりました。
 そして、それ以外にも企画書作成で自分がやってきたことが発揮できたり、それまでは苦手だった、人と交渉することができるようになったりという成長もありました。

 先生方は裏でメディアを呼ぶなど動き回り、更に自分達のやる気を高めてくれました。また、自分たちがやりたいことは何でも自由にやらせてくれました。そんな先生方には本当に感謝しています。

大学では何を学ばれていましたか?

 高校卒業後は山口県の大学の、地域経済について学ぶ学部へ進学しました。
 その学部を選んだ理由は、高校生の頃の商売体験を通し「お金を稼がないとお店自体も回らない」ということを実感し、さらにお金をどのように回していけばよいのか・地域経済はどうなっているのかということに興味を持つようになったからです。

 また、将来的に地域に関わる仕事をしたいとも思っていて、学生赤十字奉仕団のサークルに入りました。高校生の頃から町のために誰かのためにという気持ちが強く、もともとボランティアも好きだったからです。
 そこでは献血の推進やサポートをしたり、子どもに勉強を教えたり、介護施設でお話し相手になったりという活動を行っていました。

地元が好きだということをお聞きしましたが、八幡浜のどのような所が好きですか?

 八幡浜は磨けば光る原石だと思います。実は四国や愛媛で初めて生まれたものが多く存在している町です。

 みかんも魚もあり、海に近いため船や人の往来が多く、内陸に比べて新しいことに挑戦しやすい場所というポテンシャルもあります。
 さらに市民の寄付も多く、新たなチャレンジを応援してくれる環境が整っています。

 自分自身、高校生の頃に商売体験などの活動ができたのは地元の方々のおかげだと思っています。
 私にとって八幡浜は人の温かさを強く感じられる場所です。そんな自分を育ててくれた八幡浜にずっと恩返しをしたいと思っていました。

 最近ではコダテルを通じて、様々な人のチャレンジを応援し、人材育成という面で地域に貢献できているのではないかと感じています。

経営者になられた理由を教えてください。

 大学進学後は「お金が地域でどのように動いているのか」が知りたかったので、金融機関に入社しました。しかし、入社した時から会社に骨をうずめるつもりはなく、何年後かには自分で新たな事業を始めたいと考えていました。

 入社後は幅広く融資の仕事をしていました。多くの方の挑戦したいことを聞きましたが、良いアイデアを持っていても難しかったり新しすぎたりするとお金を貸すことができないということも多くありました。

 金融機関では、基本的にお金が貸せないとなると、相手との縁は切れがちになってしまいます。しかし、私はそれが嫌でした。
 お金を貸すかどうかではなく「その人の企画やアイデアと向き合いたい」「お金がなくても、思いがあれば何か一歩を踏み出せるのではないか」と考えていました。

 そんな時に愛媛県庁に出向する機会があり、県庁の南予博覧会というプロジェクトに携わらせていただきました。
 南予地域の観光イベントを企画するお手伝いをしていたのですが、その経験でさらに「お金を貸すか貸さないかの関係ではなく、その人の企画に向き合いたい」という想いを強めました。

 その後、金融機関に帰任し融資の仕事を再開しましたが「自分はこの仕事にフィットしていない」と再認識し、起業することを決意しました。
 団体であれば地域などの相談を受けやすいですが、一個人が漠然と考えていることはなかなか相手にしてもらえないので、そんな方々をサポートできる場所を作りたいと思いました。

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会社概要

社名:MIGACT
代表名:濵田 規史
住所:愛媛県八幡浜市向灘2187
TEL:0894-21-2629
URL:https://codateru.com
事業内容:教育業/学習支援業/カウンセリング

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