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「人生何度でもやり直し」

everfree
上鍵 忠志 代表

  • 2016/4/11
i-cath-jokagi

ジョブホッパーだから気付いた
自分と世の中の変わる価値
変わらない価値

フリーランスとして独立されたのはいつ頃なのですか?

 2011年の愛媛移住を機に独立したので、4年前ですね。ゲーム業界・パッケージベンダー業界・WEBサービスなど、IT技術系企業を中心に10社以上経験してきたのち、独立しました。

 2016年1月の時点では「イベントレジスト」という会社のサービス開発や、他の会社の案件にプロジェクト単位で関わっています。「イベントレジスト」もプロジェクトとしての参加ですね。

フリーランスの場合、どのような形で仕事を受注しているのですか?

 私の場合、依頼が多いですね。友人や勤め時代の人脈での依頼など依頼の形は様々です。 本を執筆していたことも案件を絶えず依頼される大きな要因かもしれません。

 私の本を読んでいたという人から依頼がありますので、本を通して 私の技術に「価値」を感じてくれたのだと思います。

本を執筆されるきっかけになったのは?

 パッケージベンダー時代に、勤め先の会社に「本を書いてくれないか」という依頼が来て、それを私が担当したのがはじまりです。以降雑誌の特集コーナーや連載の執筆も経験しました。

 Amazonで「上鍵忠志」と検索すると著者ページが出てきます。雑誌や共著ばかりですが20冊ほど書いたことがあります。技術書や新卒向けに社会人になるにあたっての心構えを書いたこともありますが、やはり多いのは技術関係ですね。

上鍵代表の「価値の源泉」であるITにはいつ頃から関わっているのですか?

 10歳の頃ですね。親がプロパンガスの仕事をしており、夏休みを利用してガスの配達先について回った際、手伝い駄賃として300円をもらったんです。当時も300円では漫画の単行本は買えなかった。そこで偶然300円でも買えるプログラムの本を選びました。買った本に書いてあるプログラムのコードをパソコンに打ち始めたのがきっかけです。

 当時はベーシックというプログラム言語で、アルファベットと数字しか打ち込めないシンプルな言語でした。本にはゲームのプログラムが載っていて、これを打ち込めばゲームができるらしいということで、興味を持ち始めたんです。

 技術系、プログラミングに興味を持ち始めたのは小学生の頃でそのころからなんとなくそういった仕事をするんだという意識ができつつありました。自身の技術力のピークは高校だったような気がします笑

 あの頃は「これがやりたい!」と思えば、すぐに音楽もゲームも作ることができました。しかし専門学校での出会いから「物を作る」ことよりも、「人付き合い」などに楽しみを見出していったんです。楽しさの質が変わったといえばいいのでしょうか。

 そういったこともあり、専門学校時代にずっとプログラムを書いていたものの、就職前にはもはやゲーム業界に興味を持っていなかったんです。当時は飲食系などサービス業界で働きたいという気持ちがありました。

 しかしそれだと収入をあまりもらえそうにない、ということで自身の原点に立ち戻り、自身の技術が生きるゲーム業界に就職を決めたんです。最初はゲーム業界大手のカプコンに勤めました。

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会社概要

社名:everfree
代表名:上鍵 忠志
TEL:050-3692-5721
事業内容:・IT/WEBサービス

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