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「人を良くする 食」
アザース株式会社
中川 周平 代表取締役
- 2014/12/2

大河原
インタビューを始めさせて頂きます。
本日はよろしくお願い致します。
中川代表は、学生時代や会社勤めをされていた時は、どのような人物だったのでしょうか。
中川
そうですね。
友達とよく遊んで人付き合いを大事にしていましたので暗い方ではなかったですね。
大河原
では独立する前は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。
中川
私は大学が県外で、地元で就職したいという気持ちがあり、愛媛の企業を何社か受けました。
最終的に、食べることが好きだったことが決め手になり、県内のレストラン経営会社に就職しました。
またお酒も好きだったので、唎酒師の資格を取り、日本酒のメニューの作成にも携わりました。
働いているうちに、そこに日本酒を卸していた酒屋さんにお声を掛けられまして、会社を退職し、内子で日本酒ワインバーの開店を手伝わせて頂きました。
大河原
内子の日本酒ワインバーは以前に興味があり調べたのですが、既に閉まっていました。
一度行ってみたかったです。
そこで働かれている時に、独立したいと考えられたのでしょうか。
中川
はい。
そこで働いて20代も後半に差し掛かった頃、自分の将来について考えました。
このまま日本酒ワインバーを続けていくか、どこかの会社に入るのか、新たに独立するのか、という選択肢がある中で、「独立して、自分でやってみたい」という気持ちが強くなったです。
大河原
独立を選択する方が、自分の好きなことが存分にできるからということですね。
中川
それもありますが、若さもあったのでしょう。
今だったら中々踏み出せないことですが、当時はチャレンジする気持ちが高かったですね。
形態としてはそのまま日本酒ワインバーみたいな形でやってみたいと考えていましたが、すぐに独立したわけではなくて、1年ほどニュージーランドに滞在しました。
大河原
ニュージーランドですか。
唐突ですが、それはまた何故でしょうか。
中川
今思えば、半ば「逃げ」だったのかもしれません。
日本酒ワインバーを始めようと思って退職はしましたが、いざとなると中々具体的なアイデアが出てきませんでしたし、資金も十分にあったわけではなくて、「さあどうしよう」と思っていたのです。
そんな時に、知り合いからワーキングホリデーという制度があると聞いて、面白そうだと思って、ビザを取りました。
大河原
そこで一旦考えをまとめようとされたのですね。
ニュージーランドでのワーキングホリデーではどのようなお仕事をされたのでしょうか。
中川
英語もろくに喋れず、お金もない中でしたが、現地で日本人が経営しているラーメン屋を紹介して頂き、そこで働かせて頂くことになりました。
大河原
なるほど。
そこで初めてラーメンと出会われたのですね。
ちなみにそのラーメン屋さんは、何味だったのでしょうか。
中川
出汁はトンコツと鶏、スープは塩、みそ、しょうゆと一通り揃ってましたね。
また、麺は自家製でしたし、出汁もしっかりトンコツや鶏から取っていて、本格的なラーメンを作るお店でした。
なにしろニュージーランドだと日本のように出来合いの麺やスープがないので、全部自分たちで作るしかないのです。
もしかすると、日本の一般的なラーメン屋さんよりも余程手作りだったかもしれません。
そこで、「ラーメンはこうやって作るんだ」ということを学びましたし、「こうすればこのラーメンが出来るんだ」ということが非常に楽しくて、0から全部作ることにのめり込みました。
大河原
ラーメンというと、他の麺料理と比べて、表現の幅が広いということをよく聞くので、そこもまた興味を持たれたポイントの一つではないかと思います。
そこでラーメンに出会ったことで、中川代表なりの「自分でもこういうラーメンを作りたい」という気持ちが生まれたのでしょうか。
中川
確かに、自分のしたいことを一つの丼で表現しやすい料理ではあると思います。
私もそこで、既存のラーメン屋さんにはなかったものを、徹底的に手作りしてみたいという気持ちになりました。
日本でラーメンといえば最早国民食と言っていいぐらいの地位を得ていますが、その国民食がどのような食べ物かと言われたら、化学調味料を多く使って、決して体にいい食べ物ではないイメージが広くありましたので、それでは良くないという気持ちになりました。
そこで、安心安全なラーメンを自分で作ってみたいと考えるようになったのです。
大河原
安心安全なラーメン、ですか。
中川
はい。
国を代表する国民食と言われるものなので、海外に進出した時に恥ずかしくないようなものを作っていこうと思ったのです。
もちろん私の力だけで全て変えることはできませんが、少しでも力になれたらと思いました。
それに、海外にずっと滞在していると、より日本好きになるというか、ラーメンが恋しくなるのです。
「故郷は遠きにありて思うもの」ということわざがありますが、海外でなくても他の土地に出て初めて、当たり前になり過ぎて気付かなかった地元の良さがわかるということがあります。
大河原
私も地元を出て松山に来ているので、地元が松山に比べて勝ってる点や松山の方が優れている点というのは結構感じることはあります。
中川
そうでしょう。
離れてみて気付くことというのはあると思います。
大河原
そういうことも感じて、国民食にふさわしいものとして、安心安全なラーメンを作ることに辿り着いたのですね。
中川
純粋にその想いから始めたものです。
帰国してすぐに、このラーメン屋を開きました。
しかし、開業はしたものの全然お客様は来ず、売上なんかほとんどない状態がずっと続いてました。
もう潰れるかというところまで追い込まれて、地獄を見ましたよ。
大河原
それはどのようにして、苦境を乗り切られたのでしょうか。
中川
「変えなかった」のです。
これは創業者の特権だと思うのですが、元々0から始めたものですから、潰れても0に戻るだけですし、自分の最初にしたかったことを曲げてまで続ける意味もないので、「どうせ潰れるなら、自分の思いのままやった上で潰れよう」と考えました。
そしたら徐々に、ファンというか常連客の方が増えていきました。
大河原
絶対に信念は失わないでいこうと、固く決められたのですね。
中川
そうですね。
そこを曲げてしまったら意味がないなと思いました。
その取組みが理解して頂けたのでしょうか、少しずつ常連客が増えていって、なんとか経営を続けていくことが出来るようになりました。
お店を広げてこられたのも、別に私が会社を拡大したいと考えたのではなく、そのポリシーに賛同してくださる方が集まってこられた結果で、人ありきで広がっていったのが実際のところです。
大河原
なるほど。
そのような、一緒に仕事をしていこうと考えるパートナーと言えるのかもしれませんが、人材はどのようにして集めているのでしょうか。
中川
人を集めようとはあまり考えたことはありませんが、同級生が多く集まっています。
大河原
普通経営者の身近にいる人と言ったら家族が多いと思うのですが、そこで同級生を入れる理由は何があるのでしょうか。
中川
小さい時から知っているので、お互いに嘘を言えないですし、結果として表裏のない繋がりになります。
一方で、家族を入れないことによって、家族に対する「甘え」も出てこないこともメリットだと思います。
私はサラリーマンの家庭で育ったので、仕事と家庭を別けたいと思っているのですが、会社に家族を入れてしまうと、その境界が曖昧になり、会社を私物化することになってしまうと考えています。
それよりも、私のしたいことに本当に共感した人材が集まってくれて、彼らとともに同じ方向に向かっていきたいのです。
大河原
なるほど。目的を共有できる「仲間」を求めていらっしゃるのですね。
中川代表にとって、人生のターニングポイントと考えていることは何かございますか。
中川
ターニングポイントは、人生の全てがそうだと思います。
今振り返れば、これまでの経歴は一本道に見えると思いますが、分岐点は無数にあったはずです。
仲間になって一緒に働いている同級生も、例えば子供・学生時代に出逢っていなかったら、今と同じような状況にいなかったかもしれませんからね。
未来のことは誰にもわかりません。
就職で外食業界に入ったのもターニングポイントだし、お酒が好きで内子町に行ったのもターニングポイントだし、ニュージーランドでラーメンに出会ったのもターニングポイントだしそれから…
もう全てです。
一つでも欠ければ今の私はありません。
大河原
全てがターニングポイント、まさに一期一会ですね。
中川
それに、経営者になれば、日々、色々なことを判断しなければいけません。
ですが、その積み重ねが一本の道になるのです。
その先は、自分が柱とする考えからなるだけブレないように、進んでいくまでのことです。
大河原
自分なりの信念を持って仕事に取り組み続けることで、その先に道が開けるのですね。
有難うございます。
中川代表は、これまでの積み重ねを元に、ラーメン作りについてどのような信念やこだわりを持っていらっしゃるのでしょうか。
中川
どこのラーメン屋さんにも、何かしらこだわっていることがあるはずです。
当社の場合は、どれだけブランドの特徴を出していけるか、そこで働いている人間が如何に我が事として働いていけるか、そういった環境作りに努めていっています。
大河原
環境作りといえば、社員さんへの教育制度に結構特徴があるとお聞きしたことがあります。
中川
そうですね、当社では、上層部が指導する形での社員研修や会議はしておらず、ルール作りも従業員やアルバイトまで一体となって取り組んでいます。
指示によって社員をセミナーや勉強会に行かせることは、あまり意味のないことだと思っています。
何にしても自発的に動くことこそが大事で、自分が本当にしたい気持ちになった上で取り組んでいかないといけません。
一生の中で、仕事をしている時間は長いものです。それが苦痛になってしまったら、これほど寂しいことはないと思いますし、お客様にもそれが伝わってしまいます。
大河原
社員一人一人が自発的に動くことで、仕事へのやりがいを持てるようにしているのですね。
そのような環境を作っていく中で、今後の展望みたいなことはあるのでしょうか。
中川
具体的な夢と言えるものはありませんが、これからも引き続き、「国民食と言われるにふさわしいラーメンを作る」という信念を大事にしながら、ラーメンを作り続けていくのだと思います。
当社のスローガンとして「一燈照隅、万燈照国」を掲げています。
一つ一つの灯りは小さくても、数が増えて広く散らばって行けばやがて日本全体を照らすことができるということですが、そのように少しずつ「想い」というのが広がっていけばいいと思います。
大河原
私も、お店にお伺いしたことがありますが、店内に製麺所があり、作る過程をオープンにすることで、より安心安全なラーメンを作るということをお客様に判って頂けるようにしているのかなと思いました。
中川
有難うございます。
大河原
中川代表個人としては、経営者として将来どのようになりたいとお考えでしょうか。
中川
これからも、今いる仲間や社員と、一緒にラーメンを作ってたらいいなと思いますね。
大河原
将来この会社だけではなくて、ラーメンや外食産業全体で、食の安心安全といったことについて取組んだり、働きかけをしていくことも考えているのでしょうか。
中川
それは自分の目の前にあるものをやっていく中で、求められたら請けるという話になろうかと思いますが、今のところは日本一になるぞとか、食文化を全部変えてやると言うようなことは全く考えていません。
大河原
私が以前お話させて頂いた、のっぴんラーメンの篠原代表ですが、篠原代表もより健康的なラーメンを作ろうと考えていらっしゃる方でしたので、そのような方と一緒に組んでもっと健康に良いラーメンを創りだすような活動があればいいなと思いました。
中川
確かに篠原さんは業界の先輩ですから、よくお話させて頂いています。
ですが、私自身は誰かと組んで作るよりも、業界の中で個性を大事にしつつ、他社さんと刺激し合って切磋琢磨する方が自然だと思います。
私ものっぴんラーメンさんの味は好きですし、それでお互いに共存していく事が大事でしょう。
全部の店が協力した結果、同じような味になったら面白くないですよね。
大河原
確かに、昨日トンコツだったから今日は塩を食べたいという方もいるでしょうし、選択肢は消費者としては多いに越したことはないですね。
最後に、若者に向けてなにかメッセージをお願いいたします。
中川
若い方は自分の将来について考える時、自分が何をしたいかや、自分が何になりたいかをスタートにすると思います。
ですが、私はそうではなくて、「自分は何が向いているのか」、すなわち自分の長所をもう一回見つめ直して、 「何になりたいか」ではなく「何が向いているか」 ということから考えた方がいいのではないかと思います。
大河原
向いてないけどやりたいことをいきなり始めても、最初は成果が出ないからモチベーションを保ちにくい、ということはあると思います。
中川
中にはハングリー精神で成果を出す場合もあるから一概にはそう言えませんが、最も得意なことを仕事にすることができたら、その方がいいですよね。
大河原さんは、今の仕事は向いていると思いますか。
大河原
インタビューをして文章を書かせて頂くことは好きですね。
中川
なるほど。
自分でもそう思っていらっしゃるのなら、そのような自分の得手不得手、何が出来るのかということをよく考えて、仕事選びに活かして欲しいと思います。
大河原
有難うございました。
私ももっと、自分の得意なことについて考えてみようと思います。
以上でインタビューを終わらせて頂きます。
インタビュアーより
乞うご期待!
会社概要
社名:アザース株式会社
代表:中川 周平
住所:愛媛県松山市松前町2丁目6-11
事業内容:・宿泊業/飲食業